esprit talk

2009.10.26

「愛について語ろう」 その8

問わず語りを問わず

 

     何かの拍子にその人の人生をかけた、または、心に強く秘めていた思いや決意を聞かされて

    どう対処してよいものか?と戸惑うことがあります。

     その戸惑いは自分にないものへの自分の失意や相手への尊敬だけでなく、反発であったりもするようです。

    しかし、反発というかこちらの考えは「言わぬが花」のことが多いのを齢を重ねると解ってきたりします。

 

       「愛について語ろう」その8

 

     場末のバーに現れたのは、あの「変わってる」と言われる焼き鳥屋のオヤジ。

    最近ちょくちょく出没してはカクテルを1,2杯頂く。

     「いらっしゃいませ。お疲れ様です。いつものでよいですか?」

     「はい、お願いします。」

    ジントニックはゴードンと決めているが、聞かれない限りはそのお店におまかせをするのが礼儀のような

    気がする。

    ビフィータが多いのはそのお店のこだわりというよりは仕入れの関係という気もする。

     「あぁ、あなたもどうぞ。」

    女性のオーナーバーテンダーに一杯勧める。その間は自分も待っている。

    それがオジサンのこだわりであり、礼儀のようなものと自分で思っている。

 

    「手が荒れてひどいんだよね。この時期になると・・・。」

    オヤジは自分の手を見やりかさこそと手を蝿のようにすり合わせた。

    「私もひどいんですよ。果物で」

    「え?..... 果物で・・」

    「フルーツの飾りつけとかでかなりの量を短期間で集中的にするので」

    「・・・・・・・・・」

    「私は人生をかけてバーテンダーの大会に挑んできました。その練習でフルーツに負けるんです。手が。

     でも、カクテルの大会に挑み続けて今年で10年の一区切りが終わったのでもう止めようと思います。」

    彼女はなんとなく寂しそうに話し始めた。

     バーテンダーの修業を始めてから、世界大会への出場、それはもちろん日本で勝つということであるが

    そのために様々なことを犠牲にして、人生をかけて挑んできたという。

    地域や全道の大会は十分クリアできるが、全国大会では勝てない年が続いているとのこと。

    もちろん仕事をしながらの挑戦で、それも従業員を使い経営の傍らに大会への集中訓練を行うわけで

    仕事を深夜に終えてから、または休日をすべてその準備、訓練に当てていたのだろう事は想像できる。

     しかし、結果は全国大会では勝てず断念せざるをえないようだが、やはり全国大会で勝つというのは

    政治力(この場合、師匠が誰であるとか、地方支部の力関係など)性別、話題性などなどが要素として

    含まれるため、地方都市から挑戦するのはすべての意味で困難を伴うものらしい。

    

     オヤジもサラリーマン時代に自動車会社で全国大会などに選手を送り込む経験をしているので、彼女の

    言うことは十分理解できる。

    大会というのは情報収集、問題の漏洩、普段の取引、ライバルの動向、そして何よりも必要なのは

    訓練である。訓練は中途半端ではなく大会までの2,3か月は仕事をせずにすべて大会の為の訓練に

費やさせる。そのような組織としてのバックアップ体制があって、その後に選手の資質がある。

根性や気合は大切だが、それだけでは勝てないのがそのような大会である。

 

 彼女は齢30も半ばを過ぎ、大会出場のために人生を賭けてきたという言葉に万感の思いが込められていて

オヤジの心に響いたのである。

オヤジは 「そうなんだ・・・・。」という間の抜けた言葉しか出せずに思いをめぐらせた。

オヤジは心の中で

 「カクテルを造るということはお客様に、他人に提供するために行うことだ、レシピがあり、素材があり

  用量が決まっているにもかかわらず、同じものを使っても一人一人作り手が違えば微妙に味が違う。

  まさに、その人間の生き様や気合や想いを飲んでもらうようなもの。

  何よりもまず自分を磨くことが第一であるのではないか、そして、究極は自分への愛、カクテルへの愛

  がそのものに乗り移って舌や喉を通って心に届くものではあるまいか。

   大会での勝利は確かに大切ではあるが、本来の原点に戻ればおのずとまた道は拓けるのではないか。」

 

 問わず語りを聞いたが故に、オヤジはすっかり口ごもってしまったが、自分よりも20近くも違う若者が

一つの目標に向かい一途に取り組み、ある意味挫折してゆく様に、自分自身を振り返り。

 「試すことに誤りはない!」のである。試した結果誤ったことは数限りなくあるけれど、それは学習とも

いえるので、その経験を踏まえてまた、「試すこと」が大切なのではあるまいか。

そんな自分を好きなればいいんだ。想いがあれば道は拓ける。

 「人生は一回」しかないのだから・・・・・・・・・。

それは自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返される。

 

*物語はフィクションです。

 

 

 

 

 

2009.10.7

「おもしろい」について考える。

 

       以前読んだ本に書かれてあったお話ですが、「笑い」の効能について興味深いことが。

      がん細胞を笑いで撲滅した老婆(といっても学者ですが)の話です。

      なんとその方は笑うことによる治療をお仲間と研究していたところ自分が癌に侵されたそうです。

      その方はこれは幸いとばかりに自分自身が実験台となり、抗がん剤、放射線治療など一切行わず

      笑うことを治療として実践し、見事がん細胞を撲滅したとあります。

       にわかには信じがたい話ですが、失礼ですがその話が本当であれば副作用や白血球減少などの心配

      はまったくいらないわけでノーベル賞にも値する研究と私は思いました。

       そんな訳で今回はめいっぱい笑っていただこうと考えました。

      (ただし、ただのオヤジギャグと笑うことも出来ず、苦虫を噛み潰し病状が悪化した場合は自己責任

        ということで諦めてください。)

 

     その一 「おもしろい」

              「顔の白い犬!」 ぎゃはははは・・・・・。

      ん? おもしろくない?

      解説 (ことわっておきますが、このての話は説明をしたら間違いなく笑えません。)

         動物形態学上「顔の白い犬」は、ほぼ間違いなく「尾も白い」ことになっているのです。

         この場合引用例としては、

1、アンデスに旅行に行ったら空はコンドルだらけでさぁ 

         そりゃー 「顔の白い犬」だねぇ・・・。

      解説  

        この例の場合、アンデスの空はコンドルだらけで「混んどる」訳です。この駄洒落を軽く

        いなした訳です。

 

     その二 「熊の右手!!」

            詰めがあまい!!  ぎゃはははは・・・。

         ん? これもダメ?

      解説 

         動物形態学上ほとんどの「熊」は右利きでありまして。

         熊はスズメバチであろうとミツバチであろうと蜂の巣の中の蜂蜜が大好き。

         左手で巣を押さえ、右手で蜂蜜をすくって食べるので、当然のごとく右手の「爪が甘い」のであります。

         この場合 引用例としては

1、新入社員がケアレスミス(所謂不注意な失敗)

「君ねぇ、せっかくここまで出来てどうして最後に足し算まちがうの! 検算してないだろう!

 こういうのを「熊の右手」って言うんだ! しっかりしろ!」

しかし、この場合怒られている新人は半べそをかきながらも「ん?」と判っていないのであります。

先輩達は椅子に腰掛けお尻を小さくゆすりながら 「くくっ・・、課長また始まったよ」と

声にならない声で笑うのであります。

まぁ、この課長さんの部下は必ず一度はこの洗礼を受けるわけですねぇ。

ちなみに最強の「ひぐま」も蜂蜜を取る時は蜂に刺されるそうで、スズメバチにさされて

顔をボコボコに腫らしながらも蜂蜜をむさぼり食べる姿はとても微笑ましいと想像できます。

なんかかわいいね。って感じでしょうか。

 

       おまけ。

           ゴルフ場でキャディさんを必ず笑わせた話。

           散々ミスショットをしてはボールがあっちいったりこっちいったりしてキャディさん泣かせのおじさん

           突然のナイスショットで本人が 「開眼したよ、キャディさん!これでもう大丈夫!」

           「今までありがとう! チャコ!」 「え?・・・・」キャディさん。

           フェアウェイを悠然と歩きながら

            「海岸で若い二人が恋をするものがたりぃー!」

            ん? 笑えない?  「チャコの海岸(開眼)物語」

           この場合、高齢のキャディさんにはまったく通用しないことを申し添えておきます。

 

     説明

        その一は 私のライバルであり、一緒に良く遊んだ堀内氏が教えてくれた。ショウもない話。

        その二は 私が創作し実際に仕事の現場で使っていたショウもない話でこの場を借りて

             昔の部下達に陳謝。

             おまけも私ですが、結構使われているかもしれません。(そんなことないか・・)

 

    今回はまじめな読者の方には大変申し訳ございません。

    また、仕事のほうはしっかり料理長、副料理長が頑張ってくれておりますのでご心配なく。蛇足まで。

    お店に来て私に「ひひひ・・・、みましたよ」とお声をかけるのはおやめください。

    本当の私はとても無口でまじめな男なのです。(コラーッ! うそつきー)

 

      大変失礼いたしました。

 

       エスプリムートン  田所義弘       

 

    追のついつい

    先日、わが息子にスズメバチの巣をヒグマが顔をボコボコに腫らしながら・・・・のくだりを話したところ

    彼は「あん?、スズメバチは肉食だから蜂蜜は作らないんじゃないの?・・・」と。

    横で聞いていた家内も同様に私を叱責。 なるほどとは思ったのですが。悔しいので。

     「今度、ヒグマにあったら聞いておく・・・・。」といった私はとても「くまった男」です。 

2009.10.5

「愛について語ろう」 その7

 

 人は時として非常に感受性の強い時があるような気がします。

いつも何気なく通り過ぎている町並みがとても物悲しく見えたり、故郷だなぁといとおしく見えたり、

何回も通り過ぎているお墓の前に来て、何か新しい発見があったりします。

 

何気なく通り過ぎようとしていたレストランに何故か小さな立黒板があり

 

        どんな喜びも、その背に悲しみを背負おう。

         黒ビール  ギネス ¥700

 

 じっと眺めては思わず知らずグッときてしまい、店内に入ってしまう。

そこで食べたオムライスは母が作ってくれたオムライスとは似ても似つかないが、とってもやさしい

母の味がしたような気がした・・・・・・。

 勇気を出して店主にこのことを告げた。

 「あの黒板の言葉・・・・、アレを見て入ってきてしまいました。」

店主はにっこりして

  「ドイツの諺です。わたしには良くわかりませんが深いですね・・・・。」

見送る男の胸にふっと

  「彼女の喜び、そして悲しみはどんなものだろう。」

丁寧に頭を下げて去って行った後姿が目に焼きついている・・・・・。

 

       「愛について語ろう」その7

 

 僕は7か月の「ろくぞう」です。

僕はシェパードという犬と何かの犬の雑種と呼ばれる種類の犬だそうです。

石狩というところから貰われてきて6か月になります。

家にはお父さんとお母さんとお兄ちゃんがいます。

おかあさんは、毎朝、僕を抱いて 「はーい、クーちゃん、めんこめんこねー。」と言ってくれます。

僕はお母さんが大好きです。

お兄さんもかわいがってくれます。「ろく、大きくなれよ。」と声をかけてくれます。

お風呂にも入れてくれますが僕はあんまりお風呂は好きじゃありません。

お父さんは、毎朝散歩に連れて行ってくれます。すごく楽しみですが、お墓の散歩途中にある場所へ

来ると必ず、 「まぁ、座れ、ろくぞう! あのなぁ・・・・」

お父さんは「いぬとは」とか「じんせい」について僕に話しかけてくれます。

何を言っているのか良く解らないけれど、ちゃんと顔を見ないと怒ります。

 

 「ろくぞう、お前もなにかの縁で一緒に暮らすことになったけど

  これから良いこと悪いこと人生いろいろあるぞ、でもな、人生は振り子だ。

  悪いことばっかりは続かないし、良いことも同じだ。お父さんはお前の悪い振り子のほうに立って

  良いほうにいつも押してやるからな。大変だけどがんばれよ。

  お前は生後1か月で貰われてきたから、イヌ語よりヒト語のほうがわかるよな。ん?

   こらっ! ちゃんとこっちみなさい!」

頭をこつんと叩きます。 あ、痛ッ・・・。

 

 毎日、いろんなことがあるけれど、僕はとても幸せです。

でも、たまに暗くなったお部屋で寝ているとふっと懐かしい臭いを思い出します。

おんなじ顔や形をしたとっても温かいからだの僕と同じような臭いの“もの”です。

なんかもう、たまらなく悲しくなります。

   「クーッ・・・・・クーッ・・・・・」

 

    この物語はフィクションです。

 

エスプリムートン  田所義弘

 

 

2009・9・22

「CARUSO」が好き。

 

LUCIO・DALLA(ルチオ・ダルラ* 表記についてはイタリア語にしろ英語にしろ難しい)

のかの有名な曲です。

 稀代のオペラ歌手「エンリコ・カルーソ」を題材にした曲といわれますが、カンツォーネ歌手が歌うと

どうしてこんなにも情熱的で感傷的な歌が出来るのか

   美しい海が 星たちを招き

   強い風が吹いているとある古いバルコニー

   それはソレント湾に向いている

 

   そこで 一人の男が娘を抱きしめている

   彼は さめざめと泣いた後

   咳払いで声を整え 再び歌い始めた

 

   僕はあなたが大好きだ・・・・・・・・・

 

この詩で始まる「CARUSO」に初めて出会ったのはパリで行われた「3大テノール」のコンサート、ルチアーノ・パヴァロッティが目を潤ませてこの歌を歌った時、エッフェル塔の前広場の聴衆は水を打ったように静かになったのです。(男でも惚れちゃったなぁ・・・・)

 アンドレア・ボチェッリ (この場合“ボチェルリ”と発音した方がダルラと同じで整合性がある様なきがしますが、イタリア語の先生どうでしょうか? まぁ、どうでも良いのかもしれませんが・・こういうことについつい拘ってしまいます。)も良いですが、私はパヴァちゃん(なれなれしいぞ!・・)

の方が切れがあって好きです。

 本家本元のルチオの歌うカルーソもさすがに感情移入というか、上手さというか、自分の曲だけに素敵ですが、残念ながら高音の切れが寄る年波のせいか苦しい。

 ジョシュ・グローバン、パオロ・ラミレス、最近では例のポール・ポッツも居ますね。

(ポール・ポッツさんはセールスマンから一躍世界的に有名な人になってしまいましたが、いろんな曲を歌い始めるとやはり他のプロ歌手にかなわないような気がしますが、どうでしょう。)

 

 わたくしの一押しは「ララ・ファビアン」ですね。すばらしい歌唱力、美人、スタイル抜群

(コラーッ! 本題から外れているぞ!!  あぁー、すいません)

ライブの映像を見ましたが声量、表現力、パフォーマンス、とてつもない才能に魅せられました。

思わず涙ぐんでしまいました。

 

 いろんな人がこの曲を歌ってます。 GIADA・ヴァレンティも忘れてましたが良いです。

これはすごい歌だなぁと思うとともに文化のギャップも感じます。

日本語の訳は人の名前一つとっても、難しいわけでこの詩を感じて感情移入が果たして日本人出来るか?

という疑問もあります。翻訳する人の力量といいますか、解釈によって随分違うと思います。

 ここは一つ、星野徹郎先生かシャンソンのなかにし礼先生にご登場願いたいですね。

開高健だったらどうゆうふうに訳してくれたでしょうか。残念です。

やっぱりここはなかにし礼先生でしょうね。 

 

ゴメが鳴くからニシンが来ると赤いつっぽ(変換できず、漢字忘れました)のヤン衆が騒ぐ・・

これをイタリア語で翻訳できるかなぁ・・・・・。

 文化の違いはおいそれとはうめられないですね。

しかし、ある意味自分達なりに解釈し、感じてその歌や曲に感動することでよいのではとも思います。

 

 先日、とある有名なフレンチ基本の大先輩のお店に家内と二人でまいりました。

なんともいえぬ表現、味付け、遊び心、和のアレンジに感動しました。お名前だけは聞いておりましたが

旭川に来て初めて伺ったのですが、脱帽しました。

シャンパーニュの選定、ワインの選定ともすばらしく、旭川唯一のシニアソムリエの実力の片鱗を垣間見させていただきました。軽薄浅学のわたくしはおおいに感心感動して精進しなければと心に誓いました。

 

  カルーソも様々な方が情熱を傾けて歌われております。いろんなカルーソがあります。

 私はそれでよいと思います。

  お料理も様々な解釈と発想が合ってもちろん良いと思います。先輩のお料理などはまさに

 ジャンル分けする必要のない「Hさん」の料理なのです。

 

 生意気を言いました。

 

エスプリムートン 田所義弘

 

 

2009・9・6

「熊注意!!」

 

一応、36万都市の中心街から車で10分ほどの我が家。

市内を眺める高台に位置するとはいえ住宅街であります。

  なんと! 熊出没!!

 私の家の50メーターしか離れていない民家の畑に足跡が発見されたそうです。

ご近所大騒ぎと思いきや、町内会から朱書きの

   熊注意!うんぬんかんぬん。

のメモ用紙のような注意書きが郵便受けに一枚。

ちょっと驚いたのはお向かいに引っ越してきた本州出身の若夫婦だけ。

町内は老人が多く、いや最近は子供達も増えてきたのですが、まるで緊張感がありません。

かくいう我が家も家内が

  「停電でもあるのかと思った。」とどうやら注意の街宣車のアナウンスをぼーっと聞いて

いたようです。

エゾシカが出没するような場所柄で、キタキツネなど話題にもしない土地柄、お墓を歩けば蝦夷リス

がこんにちはする自然いっぱい?のせいでしょうか。

 しかし、家内曰く「クーちゃんがどうも散歩しても落ち着かなかった。きっとアレは熊の臭いの

せいではないだろうか?」などとしたり顔で私に告げます。

「なーに言ってるんだか、6か月の子犬のロクゾウがそんなの分かるわけないっしょ。」

と私。 この犬、シェパードの雑種らしき犬なれどまったく臆病。

 

 そうこうしてるうちに出勤途中に思わず噴出してしまった。

 緊張感がない訳だ・・・・・・・・。

なんともかわいい熊さん。

 

  しかし、札幌に住む娘は

 「旭川に熊でたんだってぇ!、サンプルの棚に“熊撃退スプレー”あったから送るね。」

 

  親思いの娘ではあるが、何で卸問屋に熊撃退スプレーがあるの?

緊張感が漂わず 「キンチョーの夏」は終わりました。 なんちゃって。

 

  大変失礼いたしました。

 

 追伸、その後熊の話題がまったくありません。

    近所のおじいちゃんがゴミステーションのところで

私に向かって 「あんたんとこの前通ったらしいけど、犬吼えたかい?」

 「うーん・・・、熟睡してたみたい。」

 「・・・・・・・・・。」

 どうしておじいちゃん家の前通ったなんて知ってんの?

 

  エスプリムートン 田所義弘

 

 

2009.9.4

「感謝」と大阪の方々に「陳謝」

 

 いつか友達のお蕎麦屋さんと話したことがありますが、飲食に携わるということは好きなだけじゃ出来ない。

そこには何か、ある種の人間修業のような自分と向き合う真摯な態度がなければ出来ない仕事ではないか。と

話し合ったことがあります。

 たとえば、お客様の食べた食器、鼻をかんだチリ紙、薬の袋やパック、こぼしたご飯や料理などを片付ける時に

初めの頃はなぜ自分がとか、どうしてこんなに散らかすのだろうか?自分の家でも同じことをするのだろうか?と

考えると悲しくなったものです。

50歳に近くなってから携わったこの仕事ですが、実はそのようなことにこだわることこそ自分との戦いでした。

“プライド”とは何ぞや?

今も結論の出ないテーマですが、「プライドを失った時に人間は謙虚になる」という言葉に出会って、自分を戒めた

気がします。

“プライド”はとてつもなく大切な、自分にとってコアなものではありますが、他人の後始末をすることにある悲しみ

のような感情は果たして”プライド“なのか? それはあくまでも自分本位の自分への哀れみであり、コアな部分での

プライドとは違うものでした。

 

 前フリが長くなりましたが、最近大阪の方々からすばらしいお心遣いを頂きました。

ある有名な病院の社員旅行で取り仕切ってくださったのが院長夫人。

メールでのやり取りに大変な熱心さとご旅行される社員様に大変心優しいご配慮を感じました。

そのお心に感激いたしましたが、なんとわたくしにお土産までご用意くださいました。

お土産を頂いたからではありませんがそのお心遣いに涙が出ました。

“気配り“を感動とともに勉強させていただきました。 いらした看護師長様にお話を伺ったところ、職場でも徹底した

患者さんへの気配りに注力されているとのこと、その原点は院長先生やご夫人の人間性に起因しているのだと感じました。

 

また、もう一組のお客様にも2回目のご来店をメールで打ち合わせさせていただきましたが、このお客様にもお土産をいただき

(なんかもう頂いてばっかりですが・・・笑)

ちょうど緑道祭りでわたしがお店を空けていたのですが、最後に呼んでいただき大変なお誉めのお言葉を頂きました。

私は当たり前の事しかしていないつもりですが、すばらしいお客様によってこちらがすばらしい体験をさせていただきました。

 

 実はおふた組とも大阪の方で私が以前に行って経験した“大阪人、関西人”の誤ったイメージを払拭していただきました。

この場をお借りして「大阪の皆さん」 どうもごめんなさい!

(敢えてどういうイメージかは伏せさせていただきます。)

 

 なんかここまで書くと自分の自慢話のように聞こえますが、実は前出の自分の“プライド”なるものがいかにお客様の

気配りの前では浅はかであるかというのを実感させられるのであります。

 

 もう一つどうしても謝っておかなければならないのは、わたくしの対応のまずさであります。

お客様との出会いは「一期一会」と常々自分に言い聞かせているつもりでしたが、謝っても謝りきれない失敗もあります。

せっかくのご旅行の大切なお食事は旅行の思い出や楽しみのなかで大変重要な部分です。

正に本日お客様に大変なご迷惑と嫌な思いをさせてしまいました。

 お客様が当店のお食事を大変楽しみにしていらっしゃったのですが、私の配慮を欠いた応対により大変な思い出になって

しまいました。

それは、お客様の思いを理解して最高の時間を経験していただくことだったのが、こちらの都合でお料理のタイミングを

まったく無視したことであります。

ありがたいことにお客様より苦情の声をかけていただきました。

こういう場合の怒りの抗議はたいていお腹の中に納めて、直接伺えないことのほうが多いのですが、このお客様は敢えて

わたくしを叱責くださいました。

(これは、お客様にとって大変な決断です。)

お客様に一生忘れない“負の思い出”を作ってしまいましたが、私自身もけっして忘れてはいけない戒めです。

 

 今はどう償っても償いきれませんが、この事を猛反省し他のお客様にお返ししてゆきます。

店の終わりに料理長はじめ副料理長に頭を下げてお詫びしました。

今日も一つ大きな勉強をさせていただきました。

 

すべてに感謝しなければなりません。

そしてとことん落ち込んで反省します。

 

(のびのびになっていた、エスプリトークですが今回は自重自戒として使わせていただきました)

 

エスプリムートン  田所義弘

         

2009.8.17

「感謝!」緑道ぶんかまつり

 

857日の3日間、「第2回 緑道ぶんかまつり」が開催されました。

旭川の中心部の夏祭りの最後に位置づけされ緑道周辺のホテル、飲食店などが中心となり昨年から実施されました。

西川徹郎文学館の館長にもお願いして書き下ろしの物語を読み語りしていただいたり、こども富貴堂さんに

紙芝居などもお願いし、また、サイエンスボランティア旭川さんにも講師を派遣していただき子供達に科学を

通して不思議や興味を持ってもらう実験や講演をしていただいたり、緑道ぶんかまつり実行委員会で準備を進めて

      お昼は綿菓子やけん玉で子供達と接して夜はビヤガーデンをトーヨーホテルさん、琥珀さん、ブラッスリーサヴァ?

     さん、カントリーオブアメリカさん、キングストンさん、そしてエスプリムートンが出店して最高の屋台に

     なりました。どの店も特色があってとても面白かった。

     普通の屋台ではないフレンチありの、イタリアありの、ジャマイカありの、居酒屋ありの、幻の焼き鳥屋ありの、

     (幻の焼き鳥屋は、私が焼いていたのです。6本で1000円! 店頭に来たお客さんは、高い!!ってびっくり

      しかし、売れに売れて、3日間で500本以上焼きました。大変でした。五穀味鳥に玉ねぎ、鶏皮をつけて

      ゲランドの塩を手振りで振って、2種類の炭を駆使して焼き上げます。全員で串刺しをして疲れたけれども、

楽しかったです。)

     出店していたお店どうしで、それぞれのお店の品物を買って食べました。

     みんな気のいい人ばっかりなのです。

 

   若い方たちと一緒に打ち合わせ、テントの設営、撤収と大変でしたが楽しいひと時を過ごせました。

    

    ぜひ、来年も開催できるように頑張りたいと思います。

 

   エスプリムートン 田所義弘

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system